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      <title>スタッフブログ - 北のユートピア寿泉</title>
      <link>http://www.jyusen.com/blog/</link>
      <description>福祉に寄せる想いをコラムとして連載しています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Sun, 03 Dec 2006 09:12:38 +0900</lastBuildDate>
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         <title>第5回 手すり</title>
         <description><![CDATA[高齢者多機能マンション
北のユートピア寿泉ＪＹＵＳＥＮ｣の設計については、建てる側の夢・こだわり・そこに住む人がいかに居心地良く快適安全に過ごせるか、オーナー始め私達スタッフ・専門家の方々の力を借りた。

手すりを廊下につけるかどうか思案していた時、知人で仙台の設計士宮崎さんから心に染みわたる素晴らしいメールをいただき、一部を紹介したいと思う。


｢手すりを付けるかどうか、その根底にあるのは、そこに住む人への思いではないでしょうか。
ただ使いやすいからといって、あちこち機械的に手すりを付けるというのは､何か住む人を上から見下しているような感じがしませんか。
病人や弱い者として扱って欲しくないとか（実際に病人でも弱い者でもありません）若い時に持っていたプライドや誇りを傷つけて欲しくないとか、精神的な事に対する配慮も大切だと思います。

高齢者施設のマニュアル本に書いてある事を、基礎知識として知っているのは大切ですが、もっと大切なのはそこに住む人への思いやりではないでしょうか。
それさえしっかりしていれば､必ずその気持が建築や、その運営ににじみ出てくると思います。

例えば、そこに自分の両親あるいは、愛する人が住むとしたら・自分が高齢になり若い時のように体が自由にならなくなった時住むとしたら・どうしてあげたいかイメージしてみてはいかがでしょうか。（中略）

その時々で、こんな風であったなら、その手すりが金属ではなく手触りのいい木製であったなら…ドアの枠を大きく縁取りして指が引っかかるように窪みでもつけておいてくれたなら…まったく手摺につかまるという意識なしにそこをつかむ、そのほうが気分的にいいなとか、一杯出てくると思います。

さりげなく、これみよがしでない使いやすさ、高齢者施設のように見えないのに高齢者に使いやすい物、それは又他のすべての世代の人の使いやすさにもつながってゆくと思います。今よくいわれているユニバーサルデザインというのはそういうことだと思っています。
<strong>「自分が使いやすく気持のいいものは、他の人にも気持がいいはずだ」</strong>という思い込みも大切だと思います。｣


何か目からウロコが落ちたようで、迷っていた廊下の手すりはつけない事にしました。
人間の動作や動線を考え必要な箇所には勿論付けてあります。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 03 Dec 2006 09:12:38 +0900</pubDate>
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         <title>第4回 私は福祉のプロです</title>
         <description><![CDATA[「私は福祉のプロです。この道何十年のキャリアです。」
胸を張って老人介護とはこういうものだと、とうとうとのべる人なんかに出くわすと､これから開設しようとしている我々の事業に、少なからずの不安を感じ自信をなくしそうになる事がある。
開設主旨、体制、想いなどを話しても「う～ん､そんな簡単にうまくいけばいいけどねェ～」「甘いかも」なんて言われ落ち込み、空室状態を想像したりマイナス思考のルツボにはまる。
そうだよなぁ、自分の親も満足に看れない者が他人の年寄り相手に、献身的にお世話できないよなー。


仕事は仕事として割切っていく職種では決してない。まず身内から考えようか。
そんな気負って始めても、無理がある。

<blockquote><strong>その人の暮らしやすい環境づくりに誠実に答える事

「安心感を与えているか」という疑問をいつも自分に持つ事</strong></blockquote>]]></description>
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         <pubDate>Tue, 21 Nov 2006 22:04:33 +0900</pubDate>
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         <title>第3回 体温調節</title>
         <description>北国の人間は暑さにほとほと弱い。
何十年何百年の土着の我々は本州人と比べて汗腺が少ないというが､地球温暖化に伴なって身体は進化するのかしら。


今年は８月に入っても３０度近い日が続き､雨が降らない。湿度が少ないからその分助かるけど、高齢者はどうだろう？
サーモスタットが壊れかかっているから、一寸やそっとの暑さでは汗もかかない春うららかな季節に、毛糸のモモヒキ、２～３枚重ね着で室温３０度でストーブがんがん焚いてるなんてざらだ。


体温調節は鈍く自覚も無いけど、体は水分を欲しがっている。</description>
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         <pubDate>Tue, 21 Nov 2006 21:38:41 +0900</pubDate>
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         <title>第2回 何かに夢中になる</title>
         <description>先日、母を連れて札幌まで「氷川きよしコンサート」へ行った。
実演というものは春先に一度、アリーナの会場で見ているが、ようやく人間が動いている姿しか見えない程の遠さだった。それでも感激したみたいなので、この機会に３ヶ月も前から娘が「氷川きよしファンクラブ」に入り、良い席確保に影の努力をした結果、前列が当たった。


「何か周りは若い人ばかりだな」とつぶやく母。
どこがじゃ。目の悪い母は自分みたいな年寄りが場違いだと感じたんだろう。
「何言ってるの、あのピンクの服の人見てごらん？90は過ぎてるよ、ほらあの白のロングスカートにに派手なイヤリングの人も80過ぎてるよ」
「ふぇー」ぶったまげる母。
幕が上がると同時に､色とりどりのペンライトを体を揺すって一斉に振りかざし、歓声をあげ「きよしー」
私もぶったまげた。
夢中になる何かを持っている事は、節々の痛みも忘れさせド－パミンが増え、気力も湧くんだろなあ。


このパワフルな高年令のアイドル「キヨシクン」は生きがいを与える素晴らしい功労者だ。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エッセイ</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 20 Nov 2006 19:02:35 +0900</pubDate>
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         <title>第1回 老人を知る</title>
         <description><![CDATA[子供に育児が必要なように、年をとれば介護が必要になる。
４月からの「介護予防」という表現は介護を、あってはならないと否定している。年をとるな、何時までも、心身ともに元気でいる為に介護保険を少しでも使わない為にも、日々体を鍛え、塩分控えめ、肥満防止に努めよ。
<blockquote>ある老人施設でのケース検討会施設長の医師、ベテランの看護師以下十数人のスタッフが８４歳の入所女性について話し合っている。「問題は肥満です。介護目標は体重減少、その為におやつの禁止と食事量制限を行います。」
そう言っている主任看護師が立派な肥満、居並ぶスタッフ半数は肥満ぎみ体型である。８４歳まで生きてきた女性の肥満より若い彼らの体型を何とかした方が良い、この年まで問題がなかったのだから食生活を変える事の方が弊害が出て来る。
介護予防サービスの栄養改善指導がこんな物だとしたら、老人の食習慣の破壊につながるのではないか。
「生活とリハビリ研究所」代表の三好春樹氏がエッセイに書いていた。</blockquote>

老人には老人の独特な孤独感がある・・・という。
心豊かで、自分は幸せと感じるには、<strong>「体、頭、金」の３つに加えて「生きがい」がなければならない。</strong>


老人の生活習慣を守る事こそ、老人介護の原則だという事をこれから我々も忘れてはならない。


とはいえ、ドアの外は共有し集団生活を要求される部分もある。
これから運営して行く上で慎重に事例等でピックアップして検討して行きたい。]]></description>
         <link>http://www.jyusen.com/blog/2006/11/1.html</link>
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         <pubDate>Mon, 20 Nov 2006 19:02:09 +0900</pubDate>
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